11月2日(木)

第十一日目。

静かな秋晴れの日。
午前6時、《青》は寝坊する。

《青》は一昨日アズマさんに教えてもらった、神社の森に住んでいる七匹のアライグマに会いたかった。アライグマたちは朝早くにしか姿を見せないので、早起きして二階の窓からこっそり眺めるつもりだった。
だが、会いそびれる。

午前11時、《青》はの郵便局から、M市でこれまで会った人たちへの手紙を送る。

午後2時、《青》と写真家は青葉山の山麓にある松尾寺を訪れる。
このお寺もまた、《青》たちが滞在している神社と同じように豊かな水に恵まれている。
湧水があふれ、流れをなし、池には鯉が泳いでいる。

M市には巡礼道が走っていて、松尾寺は、西国三十三所の二十九番目にあたる。
各札所を詠んだ御詠歌には、次のようにある。

そのかみは いくよへぬらん
たよりをば
ちとせもここに まつのをのてら


ここには七十七年に一度しか御開帳されない馬頭観音が祀られている。
キヌヨさんが連れて行ってくれた中山寺のご本尊も、馬頭観音だった。
中山寺は、青葉山のちょうど反対側にある。

《青》たちは九十歳を超えるお上人さまから、幕末の歌人・天田愚庵の話を聞く。

愚庵は十五歳のとき、戊辰戦争で家族と生き別れ、父母を探して全国を流浪した。
だが二十五年も旅を続けても巡り会うことができなかった。最後に、師匠である山岡鉄舟の「この世で再び両親に巡り会うことは叶うまい。日本中の仏たちを訪ねてその顔の中に父母を探せ」という言葉によって、巡礼の旅に出た。

お上人さまは終戦の年に陸軍士官学校を卒業したが、空襲で大阪の実家が焼けてしまい、遠縁にあたるこのお寺に養子にやってきた。それから約七十年間、この山の上で暮らしている。仏とバッカスが、お上人さまの守り神のようだ。

午後4時30分、《青》と写真家はこの街で一番高いところから海を眺める。
午後5時3分、日没を迎える。

午後6時55分、FMラジオで読まれる青の手紙に耳を傾ける。
《青》は自分の巡礼の旅が終わりに近づいていることを知る。